れですも色々

癌8 退院と再入院

毎日元気に働いている時はたまにはゆっくり入院でもしてのんびり過ごしたいなどと、バチ当たりな事を考えたりするものだ。

でも本当に入院などすると今度は帰りたくて仕方がなくなる。

どんなにぼろでも汚くても自分の家がいい。

病院のベッドの都合と私の希望がうまくかみ合い、一旦退院してまた再入院+根治手術という運びになった。

今度の入院と手術は最悪の事態も考えておかなければならない。
それと前よりは長い入院になるので支度も大掛かりになる。

退院する時に注意事項があって、過激な運動はしないようにという事だった。

仮縫いではないがちょっとしたはずみに大出血するかもしれないと。

#「その場合は救急車呼んでここに来るように言ってね」と担当医が言っていた。

また大家さんに挨拶と家賃を余計に持っていったが、前回と同じく受け取っては貰えなかった。

持って帰ったものは洗ってあるけれど、やはりもう一回自分の洗濯機で洗い直し。

スリッパも置いてきたので買いなおし。

持ってゆく本も前回の倍くらいになった。

全部の支度を再入院の2日前に終えた。
荷物は全部纏めて玄関先に置いてある。
入院前日は診察。
担当医の上司の医者だったので明日からの入院と手術について軽く話しただけで終わった。

病院を出たのは午後1時ごろ。
もうしばらく街も歩けないなあと思い、地下鉄を途中で降りてちょっとだけお茶でも飲もうかと思っていたのだが。

お腹が空いたのにも気がついてラーメンを食べてとことこ歩き出した。

何故か足はいつも行っていたフリー雀荘へ(笑

ほらね、麻雀なら動かないでしょ。

従業員の子達には驚かれたが、家に一人でいるよりはむしろ何かあった時安心。

始めたのは午後3時近く。
夜8時くらいになって突然指先が冷たくなってきた。

あれっ。

トイレに行くと出血しはじめている。
これはちょっとまずいなあ。

フリー雀荘のいい所で、すぐに抜けたがどうしようかちょっと迷った。

まださほどの量じゃない。
明日の朝は入院だし。

とりあえずタクシーで家に一旦帰ることにした。
入院用の大きなお金は家だったし。

家に着いてじいっとしていたが出血量がひどくなってきた。

この状態ではタクシーだと運転手さんに迷惑をかけるかもしれない。

思い切って救急車を呼んだ。
お金と保険証と鍵をポシェットに入れ、斜めにかけた。
簡単に事情を告げ、玄関の鍵とドアを開けかまちに座り込んでいた。

救急隊員の方が来たときには半ば朦朧となっていたが、聞かれたことには答えたらしい。

自分では立てなくなっていたが、所々何か聞かれて答え、鍵を渡したのは覚えている。

5月の末だというのにガタガタ震えていたのにも。

時々意識が飛びそうになっていたが、運ばれている最中隊員の方が病院と連絡を取り「もうすぐ着くからね」と励ましてくれたのも脳裏に残っている。

明日来るはずの病院に着いた。

どうやって上の入院病棟に運ばれたのかは覚えていない。

声をかけられてその人が昼間会ったばかりの担当医の上司先生なのに気がついた。

「急な出血で血圧が急にさがったんだろうね、もう大丈夫だよ」

そう言われれば何だかさっきとは随分違い、楽になっている。

「出血ももうこれ以上は出ないけど、どうする?」

ど、どうするって?

「いやあ、今空いているベッドはICUなんだよ。それでも良かったら泊まってくかい」

それだけは勘弁。
ICUは意識のある患者がいる所じゃあない。
第一急患が来たらどうすんの。
それにやっぱり家に帰りたい。

「荷物置き場はあるのかな」と医師が看護婦に尋ねた。

荷物?

「いや、救急隊員が運んできたよ」

そうか。玄関先に置いてあった荷物を親切に運んでくれたんだ。
一晩・・というか8時間だけ預かってもらえることになった。

日付が変わってからタクシーで家に帰り、貰った睡眠導入剤でぐっすり眠った。

7時に起きて頼んでおいたタクシーで入院。

・・・といってもほんの8時間前にお世話になったばかりだが。

ポシェット一つ持って入院手続きを終えた。

ベッドの清掃やらが終わっていないというので、入院病棟の喫煙室へ。
僅かな退院期間で入れ替わったメンバーもいるが、なじみの顔もいる。

またお世話になりまーす。

バカ話で大笑いしている時、見慣れない多分見舞い客の女性が入ってきた。

私はまだ入院患者の格好ではないし、私より年かさの方だったので席を譲り、またバカ話。

その方もにこにこしながら聞いていらしたが途中の会話に不審な点があったのだろう。

「あの~、何かのご病気なんですか」と私に聞いてきた。

癌ですぅ。

「あ、あ、あ~。ごめんなさい。お元気そうなので・・・」と真っ赤になってしまわれた。

却って恐縮する。

仲間に「紛らわしい格好してるからだ」とか「癌なら癌らしくしろ」とからかわれたりしていた。

今回の手術は検査はあまりない。
前回から日が経っていないからだ。

ただ、20代始めにした腹膜炎の手術の影響で、どこかくっついてしまっている場所があり、それをはがすので時間はかかるだろうとは言われた。

そういえば大腸検査は満足にできなかったもんなあ。

もう一つ、胃カメラ検査の時見つかって切り取った十二指腸のポリープは癌じゃないというのも判った。

手術前の検査で一つだけ加わったのは動脈血だかを調べる検査。
そけい部に針を刺して血を採るだけだけど。

やってきたのはインターン先生。
「よろしくお願いします」と挨拶された。

ところが真っ赤になって頑張ってもぜんっぜん採れない動脈血。

一度失敗する毎にいちいち注射器を取りにゆくので

せんせい、注射器纏めて持ってきたら?

と言ってみた。

4回失敗し、半べそかいて謝った後担当医を連れてきた。

#注射器についているもののせいか、針の痕がぶちぶちと盛り上がってきていたし

担当医が困った顔で私とインターンを見る。

いいよ、先生、もう一回チャンスあげてよ。

「いやあ、もういい加減痛いだろ」

ここまできたらそうでもないよ、やり方見せてもう一回させてあげようよ。

「悪いな」

多分私の血管、動くんでしょ。
これが出来るようにならないと困るんだろうし。

「よく見てろよ」と担当医はインターンに言い、一発で注射器の中は血で一杯になった。

「本当にいいの?」

いいよ。今この病棟にいる患者の中で多分私が一番元気。
こんなチャンスはそうないよ。

「すみませんっ」とインターンは言い、今度は無事に採れた。

私が目配せをしたので、医師はインターンに血を運ばせそこに残った。

先生、怒らないでね。あのインターン先生中々患者に気を使える医者になるよ。

「うん。中々見込みはあると思うんだけどな」

んじゃ、これは内緒っつ~事で。
結果的には無事に採れたしね。

このインターンはその後も懸命に研修していた。
本当にかげひなたなく。

立派な医者になっている事を願っている。

後は手術を待つだけになった。















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